よく「魔の二歳児」だとか、「イヤイヤ期」と言われる時期があります。
初めての出産だったために、妊娠が分かった時からすぐに育児本を図書館で借りて毎日のように読み漁っていました。

インターネットでもいろいろと検索していましたので、「魔の二歳児」というのがあるということは前もって知っていました。

しかし、いざ自分の子供の反抗期が始まると、想像以上にとても大変でした。
初めての経験だったので、子供の犯行が爆発した態度に感情的になってしまって、毎日のように怒鳴りつけたり物にあたったりして、泣きながら怒っていました。

そのあとすぐに後悔の念と、自己嫌悪に陥り毎日泣いていました。
高齢出産だったので、年齢的にはよい大人です。それなのにこんなにも自分はキレてしまう人間だったのかと、自分自身に驚くとともに、なんて心が狭いんだろうと思い悩んでいました。
しかし、同じ年頃の子供を持つ友達や、ネットで検索してみると、同じような状態の人がとても多くて安心しました。

それからは気負わず、こんなもんだと良い意味であきらめました。
今は三歳をすぎて言葉が分かるようになったので、「イエス・バット法」で対応しています。
この方法は、まずは子供が癇癪をおこしてしまった気持ちを受け入れて抱きしめ、「だけどね。」とやさしい言葉で諭すようにしました。
そうしたら、以前のような変な癇癪を起す前になだめることができています。

生後4カ月から人見知りが始まり

私が、母になったのは、今から12年前。初めての妊娠・出産。とても長い陣痛に耐え、やっと抱きしめた我が子に、愛おしさと同時に、責任の重大さを感じたのを覚えています。

我が子は、生後4カ月から人見知りが始まり、父親の主人さえ嫌がる始末で、毎晩、終電で帰宅する主人に、育児をお願いできるわけもなく、誰かに頼ることもできず、本当に大変な時期でした。また、人見知りの激しさから、人前で無表情であったことで、我が子を見る人は「あの子、自閉症?」という陰口を言われ、更に、孤独になる育児でもありました。

そんな理由から、いつも自宅で絵本を読んで過ごす時間も増えた為、1歳過ぎた頃には、字も読めないのに、絵本を見ながら、内容を覚えてしまい、1人で、絵本を見ながら、一字一句間違えずに読んでいました。1歳半には、普通に「ママ。アンパンマン描いて。」と言うぐらい、言葉の発達もありました。逆に、運動神経の発達は遅く「走るよ~。急げ~。」と言えば、「急げ。急げ。」と口先だけで走らない我が子でした。

ある時、ふと、オムツがなかなか濡れないことに気づき、膀胱に尿を貯めるようになったサインだと感じ、1歳3カ月でトイレトレーニングも始め、1歳半には、オムツ卒業。ただただ、夢中で、毎日を過ごし、娘が健康であることを願いながら、毎日の様子を見落とすことなく過ごしてきて、そんな我が子も、間もなく中学生。あっという間に過ぎて行った12年でした。この先の成長した我が子の育児は、どうなっていくのかが、楽しみでもあります。